REVIEW

No.28-HTO

 

ふつうのTシャツ

 

 

何事にも「ちょうどいい」というものがある。

驕らず、謙虚にもなりすぎず、自然体で心地がいい。無理をしているところがなくて、凛としていて潔い。

ただ、あらゆる好みや条件がからみあったすえに腑に落ちる「ちょうどいい」はなかなか見つかることがない。

特にTシャツは難しい。洋服のあらゆるコーディネートの基本だからこそ、あまりに種類が多いうえにこうじゃなきゃというこだわりが持ちづらいのかもしれない。

それまで気に入って着ていたTシャツも、デザインは申し分なかったけれどまとめて買うには少し価格が高くて、生地はもう少し厚みのある方が好みだった。

 

Tシャツはほとんど毎日着るものだから、普段は他の洋服を引き立てるインナーウェアとして、暑い夏には主役になって活躍することもできるようなものがいい。

Itheを取り扱ってくれている仲町台の洋品店、EuphonicaにとってもちょうどいいTシャツはなかなか見つからなかったそう。

 

2年前の2019年、取り扱いが始まってすぐの頃。

共同でイベントを開催する時の話し合いで「バインダーネックでスポーティさをおさえたTシャツが欲しい」とEuphonicaのオーナーである井本さんの提案からはじまったItheのTシャツは、その後の僕にとっても日常使いのTシャツのファイナルアンサーと言える1枚になった。

 

 

バインダーネックとはTシャツによく見られるリブネックではなく本体と同じ生地を使って首回りを作るデザインのこと。

これによってジャケットやシャツともテンションの合う、より街着らしい顔立ちになった。

生地は厚くも薄くもない、中肉で品の良い光沢が感じられるものを。買い替えや買い足しもできる範囲の価格におさめるためにブランドタグすら省いているのも肌に触れない実用性と佇まいの美しさを兼ねている。

 

身幅はややゆったりととられていて窮屈さはないし、だらしなく大きいわけでもない。

古着をベースにせずに製作したはじめてのモデルなのに、あくまで控えめな仕上がり。

いつものサイズを選ぶのもいいし、いつもより小さめにしてインナー用に、大きめにして夏にざっくりと着るのもいい。

ふつうだからこそ、自分らしい着こなしを探したくなる。

  

 

僕たちが欲しかったのは、合わせる肌や服になじむ、なんてことないふつうのTシャツ。

白を着て、次は紺、次は黒ときた。来年は何色を着たいだろうか。

 

No.23-F-TP

 

街で穿くジャージ
 
 
上品で(あえて”Itheらしい”と言いたい)、太くてストレート、ゴムウエストで、紐でも絞れるイージーパンツ。
「こういうパンツが欲しいのに、なかなか見つからない」と思っていた僕の要望はめずらしくはっきりしたものだった。
スラックスほど堅苦しくなくて、チノパンほどカジュアルじゃない。
ちょうどいいパンツって何だろうと考えていて、”トラックパンツはどう?”という案が出たとき、これはきっと理想通りのものになると直感した。
 

 

トラックパンツ、いわゆる「ジャージ」と言われると、学校で着ていた体操着なんかを思い浮かべる人が多いかもしれない。

良い思い出があろうとなかろうと、穿いたことのない人はあまりいないだろう。

今それを街で着るのがおしゃれかと言われればお世辞にもそうとは言えないけれど、あのジャージのデザインだけを見てみるとあそこまで潔いデザインはなかなかない。

 

穿いて、歩く、走る。

 

そのためにだけにあるデザインだからこそ、余計な装飾は一切省かれている。

パンツ、という衣服にまったくの素の状態があるとすれば、きっとこれに近いかたちになるだろう。

 

その生地をスーツなどでも使われているようなサマーウールに変えることで、街で穿けるジャージに。

正確には、イージーパンツのかたちをしたスラックスと呼ぶのがいいかもしれない。

どこか頼りないコーディネートになってしまう夏は半袖のTシャツと合わせて、春と秋はジャケットやニットと。

アノラックなんかと合わせてアスレジャーな格好をするのも今っぽい。

真冬には少し薄い日もあるけれど、なんせ合わせやすいからクローゼットにしまいこめずについ穿いてしまう。

 

あたらしい服を買って、パンツは何を合わせようと思いを巡らせるとき、朝に適当なコーディネートを考えるのがおっくうな時。

役立つ場面を挙げだしてしまうときりがないほど使い勝手のいいパンツ。

3年穿いて、この春ついに色違いで2枚目を買うことにした。

 

 

 
たくさんポケットがついていたり、複雑なパターン、目を引くディテール、いろんな機能があれこれ加わったデザインももちろん楽しいけれど、まったくの素のデザインに立ち返ったシンプルなパンツで「足るを知る」のも楽しい。
案外、服ってこんなもんでいいのかもしれない。
 

No.17-39-NF Long sleeve shirt

 

ガジェットやツールじゃなくて

 

 

 

 

ひさしぶりにフリースを着たいと思ったのは、ちょうど1年前の今日より少し前、朝と夜がようやく肌寒くなってきた時期だったと思う。

部屋着としてフリースは毎冬の定番だったけれど、私服としてとなるといつから着ていなかっただろう。たぶん、東京の街で着たことは一度もなかった。

 

”経験則として、自分が「なんとなくこうしたい」と思ったことはできるだけ素直に実行にうつしたほうがいい”

そう自分に言い聞かせながら、めぼしいものがないか人さし指でスマートフォンの画面をあやつる。

ちょうどトレンドのひとつとしてフリースがあがりはじめていたのか、普段からチェックしているいくつかのブランドからもフリースを使ったものが売られていた。

ほら、やっぱり「なんとなく」は信じた方がいい。

 

なんせ、フリースほど今の時流にぴったりくる生地はない。軽くて暖かくて扱いやすくて、値段も高くない。

「肩肘はらないリラックスした服を着たい」という気分にも、ストリートファッションにアウトドアやスポーツの要素を取り入れた最近のファッションにも合う。

でもそんなものほど、その中から1着を選ぶのは難しかったりもする。

 

 

そしてその冬、結局フリースを買うことはなかった。

唯一気になったのは老舗のアウトドアブランドが定番で展開しているフリースのプルオーバーだったけれど、

肩の少し落ちたデザインがカジュアルで、言ってしまえば今っぽすぎる。

それに何より、今回はなんだか悩んだ末の「妥当な着地点」としてアウトドアブランドのものを選びたくなかったのだ。

 

デザインやサイズ感、テイスト、価格。

自分にとってそれらの「ちょうどいい」の基準がはっきりしてくると、特に今はどうしても機能性に特化したアウトドアブランドや手にとりやすいファストファッションに妥当な着地点を求めてしまう。

それに慣れてしまったら服選びには困らないけれど、僕はやっぱりガジェットやツールじゃなくてファッションの目線で「着たい」と思った服を選びたい。

久しぶりに街でフリースを着るのは1年おあずけになった。

 

 

 


そして、この冬ようやく出会うことができたフリースはなんてことないけど、僕にとっては特別な1着になった。

イタリア製のフリースは、ポリエステル100%ではなくてシルクの代用品としても用いられてきたビスコースという素材との混紡生地。

少ししっとりとした肌触りで、毛足が短いのもあってアウトドアブランドのフリースにはみられなかった品の良さがある。

きっと機能性や利便性だけでなく、ファッションの目線でフリースを見ないとこういう生地にはたどり着けないだろう。

 

何よりも気に入ったのは少しだけネックが高くデザインされていて、羽織るものの首まわりが汚れないように保護してくれるところだ。

少しいたんできたのが気になってクローゼットにしまっていた大切なコート。

新しく買って、なるべく汚さず綺麗なままで着たいジャケット。

そんな服も、このフリースの上になら気兼ねなく羽織ることができる。

1枚で着られるのももちろん大事だけど、アウターを保護してくれるインナーがこんなにファッションを楽しませてくれるとは思わなかった。

 

 

 

 

この冬は本当にたくさんフリースを着ることができた。

正直に書いてしまうと今だって着ているし、きっとこれは長い時間をかけて2枚目、3枚目と着ることになるだろう。

やっぱり自分の洋服はガジェットやツールじゃなくて、ファッションの目線で「着たい」と思った服を選びたい。

 

 

No.29-WS Shirt jacket

 

ニットの上に羽織るシャツ

 

 

 

冬になると、なんとなくシャツを着ることから遠ざかってしまう。

コートの中にシャツ1枚じゃさすがに寒い。だから上にニットを着ることになるけれど

そうすると周囲からはシャツの襟が少し覗くだけになってしまう。

 

 

 

 

 

それだけの出番だと、シャツにアイロンをかけるのがさすがに面倒だ。

結局長袖のアンダーウェアの上にニットを着て、その上にコートというコーディネート。

それも寒い時期が長くなるとさすがに飽きてくる。

 

 

 

 

 

だからこそ、「ハイゲージニットの上に着れるシャツ」というのは名案だった。

ウール100%の生地で、触れた感じは薄手のジャケットに使われているものに近い。

 

 

 

 

 

 

少し大きめに作られているからシャツ特有の窮屈さは感じない。

これはもしかすると「着る」というより「羽織る」という表現の方が合っているかもしれない。

近いもので例えるとすれば、カーディガンとか。

 

でも形はシャツだから、そこまで柔らかい印象にならない。

それでいて、シワになりにくいのがすごく良い。

電車で思う存分背もたれにもたれかかったっていいし、暑くなればくるくると丸めてリュックの中に入れてしまえる。

 

 

 

 

 

カフスボタンもつけず、フロントボタンも2つ留めるくらいで少し肩を落としてゆったりと着たい。

ニット1枚より格好がつくし、デートにも使えそうだ。

 

 

No.07-WP-F Work Pants

 

品良く、ルーズに

 

 

 

「シルエットの大きな服」というのがもともと得意じゃなかった。

袖口や足首にたまった裾が妙に野暮ったく見える気がして、意識して避けてきたと言ってもいいかもしれない。

僕にとって服とは、ぴったりと体にあったものを着たときの心地いい窮屈さが欠かせないものだ。

例えばスーツを着たときにネクタイをぎゅっと締めあげたときの、背筋が伸びるような感じである。

 

 

 

 

 

 

そういう考えもあって、ワイドパンツを履いたのはこの一本がほとんどはじめてのことだった。

履いた時にしっかりと腰にひっかかってくれるウエストは、ベルトをしなくてもいいようにデザインされている。

長めにつくられた裾が地面についてしまわないようロールアップをして鏡の前に立ってみると、意外に悪くない。

たしかに太いけれど、真ん中にまっすぐはいったセンタークリースのおかげですっきりと見える。

品のあるネイビーの色みは、これまでに避けてきたどんなワイドパンツとも違うものだった。

 

 

 

 

 

 

それからというもの、立ち仕事が多いときや、作業で体を動かさないといけないとき、長時間の移動があるとき。

体にできるだけストレスをあたえないような格好をしたいとき、いつもこのパンツを履くようになった。

なんせ「ワーク」パンツだ。そうやって遠慮なく使われるために生まれてきたと言っても過言じゃない。

 

 

 

 

 

それにしても、シルエットのゆったりした服を着ると、なんだか強くなったような気がするのはなんでだろう。

体が大きくなったように見えるからだろうか。なんとなく、遠回りをして帰りたくなる。

品良く、ルーズに。肩で風をきって歩きたくなるワークパンツ。

 

 

 

No.10-TC-68 Trench coat

 

都会を歩くためのコート

  

 

 

トレンチコートほど都会に似合うコートはないと思う。

雪の積もるようなきびしい冬を乗り越えるにはちょっと頼りなくて、ひざ下まである丈は車で移動するときにはじゃまになる。

 

だけど、さっと羽織るだけで気が引きしまるような高揚感を味わえるコートというのはトレンチコート以外にない。

 

 

 

 

 

 

  

秋晴れにもかかわらず少し肌寒かったある日、それを待ちかまえていた僕は

部屋の壁にかけていた新しいトレンチコートをTシャツの上に羽織って外に出た。

 

ちょうど太陽がのぼりきったところで、ほとんど黒に近い紺色の生地からは、陽に照らされて光沢のある青みがはねかえっていた。

 

 

特にどこかへ行くあてもなかったから、左右に備えつけられた深いポケットに手をつっこんで街を歩く。

時々、美容院や飲食店のウィンドウに自分の横姿がうつっているのが目に入ると

まるで自分が映画の主人公にでもなったかのように思えてくる。

 

そのせいか、無意識のうちに背筋を伸ばして歩きかたにも気をつけてしまう。

トレンチコートにはそんな不思議な魔力がある。

 

 

そのままどこか都会を歩きたくなって、電車に乗って表参道に向かうことにした。

コートによけいなシワをつけたくないから、座席はあいていたけどドアの横にある手すりによりかかって

少しずつビルが多くなっていく外の景色を眺めていた。

 

 

 

 

 

  

平日の表参道は人もまばらで、高級店のショーウィンドウに並ぶいかにも高そうなコートを着たマネキンや

清潔な身なりのドアマンを横目にゆっくりと進んでいく。

 

 

ふと、行きたいと思っていた店を思い出して、青山通りをまがって渋谷に向かっていると

前からベージュのトレンチコートを着た女性が歩いてきた。

ダブルのトレンチコートをボタンをとめずにウエストベルトでぎゅっとしめあげて

インナーの白いブラウスはボタンを上からふたつはずされている。袖は細くて白い手首が見えるくらいまでまくられていた。

 

  

 

 

  

 

今日はたしかに少し肌寒いから、羽織りものを着ている人は何人か見かけたけど、トレンチコートを着た人を見たのは秋になってはじめてだった。

もしかすると、彼女も今日を心待ちにしていたのかもしれない。

 

すれちがいざま、彼女と目があった。

コートの制服と言ってもいいトレンチコートを着るときくらい、めいっぱい格好つけたい。

 

 

それが許されるのが都会に生きる人の特権だ。

 

 

 

No.06-GS-F Grand papa shirt

 

時間のない朝に

 

 

春に着ていたグランパシャツは、結局夏も、秋も着ることになった。 

このままだと、きっと冬がきてもコートの中に着ているんだろう。

 

  

 

  

 

 

だいたいの場合時間が足りない平日の朝。

起きて少ししたらシャワーを浴びて、髪をかるくなでつけてからシリアルを牛乳で流しこむ。

ホットコーヒーを淹れるためのお湯をわかしながら身支度をととのえる。

 

いつもなら今日着る服にアイロンをかけるけど、このシャツは洗いざらしのままで

髪がくずれないようボタンを一番下まではずしてからかぶる。

魅力的なシワがつくシャツというのは、せわしない朝にはうれしい。

目が細かくて、やわらかい風合いのシャツはすこし体を動かすたびに生地が擦れ合う音がする。

その音がたのしくて、からだをほぐすために部屋のまんなかでぐっと伸びをする。

 

朝いちばんに飲むホットコーヒーはかならず沸騰して間もないお湯で淹れるようにしている。

そうすると少しずつにしか飲めないから、家を出るまでに気持ちを落ち着かせるゆとりをつくることができる。

時間のない朝も、このコーヒーを飲む時間以外を手早くすませて、ゆっくりと1日を過ごすこころの準備をする。

なにより、コーヒーをいそいで飲んでしまうほどもったいないことはない。

 

 

 

 

 

 

今日が仕事に向かう日であれば、家を出る前にお気に入りのLAMYのペンを胸ポケットにさす。

これまでポケットのあるシャツは好きじゃなかったけど、必要なときにすぐボールペンを取り出せるのはやっぱりスマートだと思う。

駅まで歩く道のりで秋晴れの陽にさらされて、少し生地が褪せてきていることにきづいた。

今年はこのシャツをずいぶん着たような気がする。

きっと、それだけ時間のない朝が多かったんだろう。 

 

左右にあいたスリットからパンツのポケットに手をつっこんで、カードケースを持ったことを確認しながら今日も駅へと向かう。