REVIEW

No.68-MS-IO

出会いを求めて

 

主に衣料品を制作するItheにとって、それ以外のものを作るためにはまずその分野のプロフェッショナルな職人との出会いが必須になる。

もちろん適当な量産型の木型を使って工場に依頼することはできるものの、あえてItheがそれをやるべきことでもない。

 

昨年と今年、こうしてItheがレザーサンダルを作ることができたのもそんな出会いから始まった。

取扱店である仲町台の洋品店Euphonicaのイベントで、デザイナーとyojiomi shoes&crafts(ヨウジオウミ・シューズ&クラフツ)というブランドをされている近江洋司さんがたまたま居合わせて、そのまま飲みに行ったという話を後日談として耳にした。

 

年齢も近く、影響を受けてきたカルチャーや価値観も似ていたというふたりは意気投合し、「今度Itheの靴を作ってよ」というラフな取り交わしがあったそう。

きっと洋司さんとしては酒席での軽はずみな口約束のつもりだったろうと思うが、実はItheではそれよりずっと前から「もし作れるのであればこんなサンダルを作りたい」という話がされていたのだ。

それがかつてアメリカ軍の病院で使われていたスリッパをモチーフにしたデザインで、結果的に第一弾のイザサンダルへとなっていく。

 

口約束の後、すぐにデザイナーはアポイントをとって最初の打ち合わせにのぞんだ。

洋司さんはこれも顔合わせ程度の軽い気持ちで会ってくれたことだろうと思う。

しかし、もうこの時点でかなり現実味をもったかたちでモチーフとなるサンダルのサンプルを持参し、これをレザーにするにあたっての変更点と希望、スケジュール感までもすでに固めた状態だったデザイナーとしては、彼の思う壺である。

 

 

こうしてその後数回の打ち合わせとサンプル制作によって出来上がったのが最初のモデルであるイザサンダル。

最初のサンプルが出来上がり、見せていただいた時からすでにそれは間違いなくItheのサンダルであり、ひとつのイメージが作品として具現化されていくさまを見て、あらためて洋司さんの技術に感銘を受けた。

 

洋司さんは何十もある靴作りについての工程を全てひとりで仕上げる職人だ。

そして本人によると「革靴作りの中でももっとも古典的な方法」を学んできたらしい。

彼のその、伝統的なクラフトの技術と、現代の工業製品のような無機質さをどちらも受容できる感性がなければ、2~3ヶ月の期間で発売までこぎつけることはできなかったと思う。

 

もちろん、サンダルの履き心地も申し分ない。

スリッパのモチーフを忠実に再現するためにソールをうすいものにしたこともあって、長時間履いて歩き回ると耐久性のない僕の足は痛くなってくるけれど、それはソールが削れてなくなってきたときに必要であればもう少し厚いものに直せばいい。

やわらかくてきめの細かいカーフレザーが足の甲に吸い付くように覆われ、まるで皮膚と一体になったかのように肌に寄り沿ってくれる1足だった。

 

 

そして翌年となる今年は、デザイナーの好きなビーチサンダルをモチーフにまた一緒にものづくりをすることができた。

見た目はウレタンで作られたビーチサンダルそのものだが、そのチープなフォルムを型に流し込んで作れるわけもない革で再現するため、どうにか試行錯誤してくれた結果、オリジナルの鼻緒構造まで生み出してくれた。

 

チープなものに重厚な雰囲気が宿ると、どこか彫刻的な美しさが生まれる。

もしくは建築か、もしくは近未来的な何か。

それでも手縫いで縫合された箇所やビスで留められた部分に、これは確かに人の手で作られたものなんだ、という親密さと強い説得力がある。

 

その美しさにうっとりとしてしまうけれど、これはサンダルだ。

たくさん履いて、手入れをして、長く付き合っていく中でこの美しさとともに暮らしを送りたいと思う。

  

 

Itheというひとつの価値観が、服以外のプロダクトを媒介することでそれが立体になり、空間となり、やがてひとつの大きな世界観となっていく。

そこへ辿り着くまでにはきっと多くの人の協力が必要で、そのひとつのかたまりがブランドの表現として循環していくのだろう。

こんな体験をもっとしてみたい、と思わせてくれたのがイザサンダルだった。

 


No.70-IO

カムバック フリース

 2020年の冬に発表した、イタリア製のフリースを使ったプルオーバーが個人的にも毎年冬の制服となって3年が経った。
安くて軽くて暖かいフリース生地を使った洋服がストリートにも定番として受け入れられ、

今年はまたこの生地を使っていくつかのバリエーションにして展開ができればと膨らませる。

正確には、スポーティに着られるハーフジップのトップスとパンツ、既存のプルオーバーの計3型で進められれば。

 

コーディネートにあれこれとこだわる気になれない寒い日でも、とりあえずこの上下にコートやダウンジャケットを羽織れば完結して、暖かいまま外出できる。
こう書いてしまうとなんて怠惰な考えだろうとも思うけれど、自分だけの満足感を得るために服を選んだってもちろんかまわない。
大切なのは自分がお気に入りの服を着ているという高揚感と、寒さや暑さから快適に身を守れるかどうかだ。

 

ところで、少し前にイザのカットソーの縫製を依頼している工場を変えることになった。

デザイナーのもとに、これまで長い間携わってくれていた職人さんから「体調が悪化してしまったので引退する」と連絡があったからだ。
Tシャツをはじめ、すでにイザの主力品番も多くあったカットソーをこれからも作り続けるためにデザイナーはずいぶん奔走してくれていた。
(普通に見えるイザの服にも実は高度な縫製技術が求められる仕様がいくらかあり、面倒な仕事を請けてくれる工場はそう多くない。)
無事にぎりぎりのタイミングで新しい取引先が見つかり、結果としてはこれまでとほとんど変わらないクオリティで生産を続けられているので

特に告知などはしなかったものの、今回の件はイザとして活動を始めて以来の大きなニュースだった。

そして今年、引退された職人さんからデザイナーのもとへふたたび連絡が入った。

仕事を続けることが難しいと言われていた職人さんの体調が見事に回復し、少しずつ復帰したいと言うのだ。
デザイナーとしても10年以上の付き合いがある職人さんからの要望に応えたいと、ちょうど話を進めていたところだった

新作のフリースシリーズはカムバックした職人さんに任せることに。

 

おそらくブランクがあるであろう職人さんにも縫いやすいようデザイナーも仕様に細心の注意を払い、

密に連絡を取りながらサンプル製作、量産とあたってくれた結果、多くの注文をいただいたフリースをきっちり納期通りに仕上げてくれた。

もちろん出来も良く、こうして毎日のように着て、洗濯を繰り返しても今のところホツレやヨレもない。
こうして無事に全てのお客様へ、ご注文いただいた分をお届けすることができた。

 

こんな話の一部始終をデザイナーと会うたびに毎度聞いていた僕は、この服に袖を通すたび、

(僕は)まだ会ったことのない職人さんのことを思い出す。

 

きっと、彼も服が好きで、仕事が好きなのだろう。
たくさん着て、たくさん売るから、これからもたくさん縫い続けて欲しい。

 

決して、それを言い訳に毎日上下フリースばかり着てラクしている訳じゃないのだ。


No.13-53-2-ISO

なぜなら僕たちはファッションを楽しむために服を選んでいるのだから

言わずもがな、シャツというのは便利な服だ。

襟がついていることできちんとした印象にも見えるし、前が開くから体温調節のために脱ぎ着もしやすい。Tシャツ一枚で街を歩くことが苦手な僕にとっては(もちろん、あんまり暑いとそんなことも言ってられなくなってしまうけれど)コートやニットの中に着ることにで不自然な皺が入ってしまう冬以外は年中着ることになる。

 

ただ、その良さはやっぱり春から夏にかけて、秋から冬にかけて。季節の端境期(はざかいき)に最も感じられる。もう、もしくはまだ、コートを着る気分にならないものの、朝晩は肌寒い日々に長袖のTシャツや薄手のニットの上に羽織り、昼間は腕を捲るか鞄を持っている時は丸めて中に入れておく。そのためには皺になりづらいか、皺が気にならないような風合いの生地を使ったものが望ましい。

そう考えるとノンアイロンやイージーケアなどの機能が付加されたポリエステル生地を使った方が理にかなっているけれど、基本的にシャツはコットン、シルク、リネン、ウール…天然素材を使った生地のものが着たいと思う。

 

なぜなら、僕たちはファッションを楽しむために服を選んでいるのだから。

化学繊維と天然繊維の大きな違いは肌ざわりと経年変化である。

朝クローゼットから取り出し、袖を通した時の高揚感や心地よさ。着続けていくことで少しずつ風合いが変わり、良い雰囲気になっていく過程。

最近は技術の進歩もあって見た目にはほとんど天然繊維に見える化学繊維が生まれてきてはいるものの、例えば人の知能と人工知能が違うように(どちらが優れているかは置いておいて)先に挙げた二点について、それらには決定的な違いがいまだに残ったままだ。

 

だからこそ、特に肌に触れることの多い薄手の服は天然繊維を使ったものが基本的には良い。便利な服もいいけれど、どんな服を着るのが自分にとって楽しいかで手に取るものを選びたいと思う。

シャツはまず初めにコットン100%の生地で作って、今度はシルクを少しブレンドした生地で作った。

パターンは伝統的なシャツの形をベースに全てオリジナル。

ポケットなどは全て省き、今の気分を踏まえてゆったりとした身幅と着丈、袖は手首に向かって細くなり、少し緊張感のある部分を残すことできちんとした印象に。

 

実用的でもありファッション的でもあり、何より普遍的であるシャツ。どれだけ良いものを買っても消耗品であることは変わらないシャツの価格も含めてデザインできたことも嬉しい。

これからもきっとシャツは僕たちのファッションに欠かせないものになるだろう。


No.28-HTO

ふつうのTシャツ

何事にも「ちょうどいい」というものがある。

驕らず、謙虚にもなりすぎず、自然体で心地がいい。無理をしているところがなくて、凛としていて潔い。

ただ、あらゆる好みや条件がからみあったすえに腑に落ちる「ちょうどいい」はなかなか見つかることがない。

特にTシャツは難しい。洋服のあらゆるコーディネートの基本だからこそ、あまりに種類が多いうえにこうじゃなきゃというこだわりが持ちづらいのかもしれない。

それまで気に入って着ていたTシャツも、デザインは申し分なかったけれどまとめて買うには少し価格が高くて、生地はもう少し厚みのある方が好みだった。

Tシャツはほとんど毎日着るものだから、普段は他の洋服を引き立てるインナーウェアとして、暑い夏には主役になって活躍することもできるようなものがいい。

Itheを取り扱ってくれている仲町台の洋品店、EuphonicaにとってもちょうどいいTシャツはなかなか見つからなかったそう。

 

2年前の2019年、取り扱いが始まってすぐの頃。

共同でイベントを開催する時の話し合いで「バインダーネックでスポーティさをおさえたTシャツが欲しい」とEuphonicaのオーナーである井本さんの提案からはじまったItheのTシャツは、その後の僕にとっても日常使いのTシャツのファイナルアンサーと言える1枚になった。

 バインダーネックとはTシャツによく見られるリブネックではなく本体と同じ生地を使って首回りを作るデザインのこと。

これによってジャケットやシャツともテンションの合う、より街着らしい顔立ちになった。

生地は厚くも薄くもない、中肉で品の良い光沢が感じられるものを。買い替えや買い足しもできる範囲の価格におさめるためにブランドタグすら省いているのも肌に触れない実用性と佇まいの美しさを兼ねている。

 

身幅はややゆったりととられていて窮屈さはないし、だらしなく大きいわけでもない。

古着をベースにせず製作したはじめてのモデルなのに、あくまで控えめな仕上がりに落ち着いた。

いつものサイズを選ぶのもいいし、いつもより小さめにしてインナー用に、大きめにして夏にざっくりと着るのもいい。

ふつうだからこそ、自分らしい着こなしを探したくなる。

僕たちが欲しかったのは、合わせる肌や服になじむ、なんてことないふつうのTシャツ。

白を着て、次は紺、次は黒ときた。来年は何色を着たいだろうか。 


No.23-F-TP

街で穿くジャージ
上品で(あえて”Itheらしい”と言いたい)、太くてストレート、ゴムウエストで、紐でも絞れるイージーパンツ。
「こういうパンツが欲しいのに、なかなか見つからない」と思っていた僕の要望はめずらしくはっきりしたものだった。
スラックスほど堅苦しくなくて、チノパンほどカジュアルじゃない。
ちょうどいいパンツって何だろうと考えていて、”トラックパンツはどう?”という案が出たとき、これはきっと理想通りのものになると直感した。

トラックパンツ、いわゆる「ジャージ」と言われると、学校で着ていた体操着なんかを思い浮かべる人が多いかもしれない。

良い思い出があろうとなかろうと、穿いたことのない人はあまりいないだろう。

今それを街で着るのがおしゃれかと言われればお世辞にもそうとは言えないけれど、あのジャージのデザインだけを見てみるとあそこまで潔いデザインはなかなかない。

 

穿いて、歩く、走る。

 

そのためにだけにあるデザインだからこそ、余計な装飾は一切省かれている。

パンツ、という衣服にまったくの素の状態があるとすれば、きっとこれに近いかたちになるだろう。

その生地をスーツなどでも使われているようなサマーウールに変えることで、街で穿けるジャージに。

正確には、イージーパンツのかたちをしたスラックスと呼ぶのがいいかもしれない。

どこか頼りないコーディネートになってしまう夏は半袖のTシャツと合わせて、春と秋はジャケットやニットと。

アノラックなんかと合わせてアスレジャーな格好をするのも今っぽい。

真冬には少し薄い日もあるけれど、なんせ合わせやすいからクローゼットにしまいこめずについ穿いてしまう。

 

あたらしい服を買って、パンツは何を合わせようと思いを巡らせるとき、朝に適当なコーディネートを考えるのがおっくうな時。

役立つ場面を挙げだしてしまうときりがないほど使い勝手のいいパンツ。

3年穿いて、この春ついに色違いで2枚目を買うことにした。

 たくさんポケットがついていたり、複雑なパターン、目を引くディテール、いろんな機能があれこれ加わったデザインももちろん楽しいけれど、まったくの素のデザインに立ち返ったシンプルなパンツで「足るを知る」のも楽しい。
案外、服ってこんなもんでいいのかもしれない。

No.17-39-NF Long sleeve shirt

ガジェットやツールじゃなくて

ひさしぶりにフリースを着たいと思ったのは、ちょうど1年前の今日より少し前、朝と夜がようやく肌寒くなってきた時期だったと思う。

部屋着としてフリースは毎冬の定番だったけれど、私服としてとなるといつから着ていなかっただろう。たぶん、東京の街で着たことは一度もなかった。

 

”経験則として、自分が「なんとなくこうしたい」と思ったことはできるだけ素直に実行にうつしたほうがいい”

そう自分に言い聞かせながら、めぼしいものがないか人さし指でスマートフォンの画面をあやつる。

ちょうどトレンドのひとつとしてフリースがあがりはじめていたのか、普段からチェックしているいくつかのブランドからもフリースを使ったものが売られていた。

ほら、やっぱり「なんとなく」は信じた方がいい。

 

なんせ、フリースほど今の時流にぴったりくる生地はない。軽くて暖かくて扱いやすくて、値段も高くない。

「肩肘はらないリラックスした服を着たい」という気分にも、ストリートファッションにアウトドアやスポーツの要素を取り入れた最近のファッションにも合う。

でもそんなものほど、その中から1着を選ぶのは難しかったりもする。

 

そしてその冬、結局フリースを買うことはなかった。

唯一気になったのは老舗のアウトドアブランドが定番で展開しているフリースのプルオーバーだったけれど、

肩の少し落ちたデザインがカジュアルで、言ってしまえば今っぽすぎる。

それに何より、今回はなんだか悩んだ末の「妥当な着地点」としてアウトドアブランドのものを選びたくなかったのだ。

 

デザインやサイズ感、テイスト、価格。

自分にとってそれらの「ちょうどいい」の基準がはっきりしてくると、特に今はどうしても機能性に特化したアウトドアブランドや手にとりやすいファストファッションに妥当な着地点を求めてしまう。

それに慣れてしまったら服選びには困らないけれど、僕はやっぱりガジェットやツールじゃなくてファッションの目線で「着たい」と思った服を選びたい。

久しぶりに街でフリースを着るのは1年おあずけになった。

 そして、この冬ようやく出会うことができたフリースはなんてことないけど、僕にとっては特別な1着になった。

イタリア製のフリースは、ポリエステル100%ではなくてシルクの代用品としても用いられてきたビスコースという素材との混紡生地。

少ししっとりとした肌触りで、毛足が短いのもあってアウトドアブランドのフリースにはみられなかった品の良さがある。

きっと機能性や利便性だけでなく、ファッションの目線でフリースを見ないとこういう生地にはたどり着けないだろう。

 

何よりも気に入ったのは少しだけネックが高くデザインされていて、羽織るものの首まわりが汚れないように保護してくれるところだ。

少しいたんできたのが気になってクローゼットにしまっていた大切なコート。

新しく買って、なるべく汚さず綺麗なままで着たいジャケット。

そんな服も、このフリースの上になら気兼ねなく羽織ることができる。

1枚で着られるのももちろん大事だけど、アウターを保護してくれるインナーがこんなにファッションを楽しませてくれるとは思わなかった。

 この冬は本当にたくさんフリースを着ることができた。

正直に書いてしまうと今だって着ているし、きっとこれは長い時間をかけて2枚目、3枚目と着ることになるだろう。

やっぱり自分の洋服はガジェットやツールじゃなくて、ファッションの目線で「着たい」と思った服を選びたい。


No.29-WS Shirt jacket

ニットの上に羽織るシャツ

 

冬になると、なんとなくシャツを着ることから遠ざかってしまう。

コートの中にシャツ1枚じゃさすがに寒い。だから上にニットを着ることになるけれど

そうすると周囲からはシャツの襟が少し覗くだけになってしまう。

 それだけの出番だと、シャツにアイロンをかけるのがさすがに面倒だ。

結局長袖のアンダーウェアの上にニットを着て、その上にコートというコーディネート。

それも寒い時期が長くなるとさすがに飽きてくる。

 だからこそ、「ハイゲージニットの上に着れるシャツ」というのは名案だった。

ウール100%の生地で、触れた感じは薄手のジャケットに使われているものに近い。

 少し大きめに作られているからシャツ特有の窮屈さは感じない。

これはもしかすると「着る」というより「羽織る」という表現の方が合っているかもしれない。

近いもので例えるとすれば、カーディガンとか。

 

でも形はシャツだから、そこまで柔らかい印象にならない。

それでいて、シワになりにくいのがすごく良い。

電車で思う存分背もたれにもたれかかったっていいし、暑くなればくるくると丸めてリュックの中に入れてしまえる。

カフスボタンもつけず、フロントボタンも2つ留めるくらいで少し肩を落としてゆったりと着たい。

ニット1枚より格好がつくし、デートにも使えそうだ。


No.07-WP-F Work Pants

品良く、ルーズに

 

「シルエットの大きな服」というのがもともと得意じゃなかった。

袖口や足首にたまった裾が妙に野暮ったく見える気がして、意識して避けてきたと言ってもいいかもしれない。

僕にとって服とは、ぴったりと体にあったものを着たときの心地いい窮屈さが欠かせないものだ。

例えばスーツを着たときにネクタイをぎゅっと締めあげたときの、背筋が伸びるような感じである。

そういう考えもあって、ワイドパンツを履いたのはこの一本がほとんどはじめてのことだった。

履いた時にしっかりと腰にひっかかってくれるウエストは、ベルトをしなくてもいいようにデザインされている。

長めにつくられた裾が地面についてしまわないようロールアップをして鏡の前に立ってみると、意外に悪くない。

たしかに太いけれど、真ん中にまっすぐはいったセンタークリースのおかげですっきりと見える。

品のあるネイビーの色みは、これまでに避けてきたどんなワイドパンツとも違うものだった。 

それからというもの、立ち仕事が多いときや、作業で体を動かさないといけないとき、長時間の移動があるとき。

体にできるだけストレスをあたえないような格好をしたいとき、いつもこのパンツを履くようになった。

なんせ「ワーク」パンツだ。そうやって遠慮なく使われるために生まれてきたと言っても過言じゃない。 

それにしても、シルエットのゆったりした服を着ると、なんだか強くなったような気がするのはなんでだろう。

体が大きくなったように見えるからだろうか。なんとなく、遠回りをして帰りたくなる。

品良く、ルーズに。肩で風をきって歩きたくなるワークパンツ。


No.10-TC-68 Trench coat

都会を歩くためのコート

  

トレンチコートほど都会に似合うコートはないと思う。

雪の積もるようなきびしい冬を乗り越えるにはちょっと頼りなくて、ひざ下まである丈は車で移動するときにはじゃまになる。

だけど、さっと羽織るだけで気が引きしまるような高揚感を味わえるコートというのはトレンチコート以外にない。

秋晴れにもかかわらず少し肌寒かったある日、このひんやりと肌に当たる気温を待ちかまえていた僕は

ワンルームの部屋の隅にある簡単なフックにかけていた新しいトレンチコートをTシャツの上に羽織って意気揚々と外に出た。

 

時間はちょうど太陽がのぼりきった頃、初めて日の目を見たほとんど黒に近い紺色の生地は気持ちよさそうに深い青みを跳ね返している。 

特にどこかへ行くあてもなかった僕は左右に備えつけられた深いポケットに手をつっこんで商店街の中を、まるで初めてこの街に来た人のようにゆっくりとした足取りで進んでいた。

 

時々、美容院や飲食店のウィンドウに自分の横姿がうつっているのが目に入るとまるで自分が映画の主人公にでもなったかのように思えてくる。

無意識のうちに背筋をいつもより伸ばして、歩きかたもスマートに見えるように気をつけて。

 

トレンチコートの心地よい重みを両肩に乗せながら、僕はそんな不思議な魔力の虜になっていた。 

 

そのままどこか都会を歩いてみたくなって、中央線の電車に乗ってファッションの街表参道へ向かう。 

コートによけいなシワをつけたくないから、座席はあいていたけどドアの横にある手すりによりかかって少しずつビルが多くなっていく外の景色を眺めていた。

平日の表参道は人もまばらで、待ちかまえているようにずらりと並んだ高級店のショーウィンドウがいつもより厳かで大きく見える。

いかにも高そうなレザーのロングコートにファーの手袋をつけたマネキンや、その入り口に立つ、なでつけられた髪に気難しさを覚えるドアマンを横目に、自分の度胸を試すようにゆっくりと歩みを進めていた。

 

そういえば、と行きたいと思っていた店を思い出して、青山通りをまがって渋谷の方へ向かっていると前からベージュのトレンチコートを着た女性が歩いてきた。

ダブルのトレンチコートをボタンをとめずにウエストベルトでぎゅっとしめあげて、インナーの白いブラウスはボタンを上からふたつはずされている。

袖は細くて白い手首が見えるくらいまでまくられていた。

私は暑いのではなく、そういう着こなしをしたいのだ。そんな思いを伝えたいかのように彼女は涼しげな表情を浮かべていた。

今日はたしかに少し肌寒いから羽織りものを着ている人は何人か見かけたけど、僕と同じようにトレンチコートを着た人を見たのは今年はじめてだ。

もしかすると、彼女もクローゼットにしまっていたトレンチコートをおろすことのできる今日みたいな気候を心待ちにしていたのかもしれない。

 すれちがいざま、彼女もちらっと視線をこちらにやり、目があい、そして去っていった。

 

「コートの制服」と言ってもいいトレンチコートを着るときくらい、めいっぱい格好つけたい。 

それを許されるのは都会に生きる人の特権だ。


No.06-GS-F Grand papa shirt

 時間のない朝に

  

春に着ていたグランパシャツは、結局夏も、秋も着ることになった。 

このままだと、きっと冬がきてもコートの中に着ているんだろう。 

だいたいの場合時間が足りない平日の朝。

起きて少ししたらシャワーを浴びて、髪をかるくなでつけてからシリアルを牛乳で流しこむ。

ホットコーヒーを淹れるためのお湯をわかしながら身支度をととのえる。

 

いつもなら今日着る服にアイロンをかけるけど、このシャツは洗いざらしのままで

髪がくずれないようボタンを一番下まではずしてからかぶる。

魅力的なシワがつくシャツというのは、せわしない朝にはうれしい。

目が細かくて、やわらかい風合いのシャツはすこし体を動かすたびに生地が擦れ合う音がする。

その音がたのしくて、からだをほぐすために部屋のまんなかでぐっと伸びをする。

朝いちばんに飲むホットコーヒーはかならず沸騰して間もないお湯で淹れるようにしている。

そうすると少しずつにしか飲めないから、家を出るまでに気持ちを落ち着かせるゆとりをつくることができる。

時間のない朝も、このコーヒーを飲む時間以外を手早くすませて、ゆっくりと1日を過ごすこころの準備をする。

なにより、コーヒーをいそいで飲んでしまうほどもったいないことはない。

今日が仕事に向かう日であれば、家を出る前にお気に入りのLAMYのペンを胸ポケットにさす。

これまでポケットのあるシャツは好きじゃなかったけど、必要なときにすぐボールペンを取り出せるのはやっぱりスマートだと思う。

駅まで歩く道のりで秋晴れの陽にさらされて、少し生地が褪せてきていることにきづいた。

今年はこのシャツをずいぶん着たような気がする。

きっと、それだけ時間のない朝が多かったんだろう。 

左右にあいたスリットからパンツのポケットに手をつっこんで、カードケースを持ったことを確認しながら今日も駅へと向かう。